日本でE-MTBという言葉を耳にするようになって早4年。海外のそれと比較していまひとつ盛り上がりに欠ける日本のE-MTB事情ですが、ここにきて状況が変わりつつあります。きっかけとなったのはTURBO LEVO SL(ターボ リーヴォ SL)の登場でした。日本のコンパクトなトレイルで、海外モデルのようなハイパワー系E-MTBは無用の長物。ハイパワーを補うための大きくて重たいモーター、大容量のバッテリー、それらを積むことに果たしてどれだけの意味があるのか?「気持ちよく下れないなら必要ない」そう考えていたマウンテンバイカーも少なくはなかったはず。
スペシャライズドでは、パワーとライドクオリティを重視した高出力565W仕様のモーター、「SPECIALIZED2.2」搭載モデル、TURBO LEVO(ターボ リーヴォ)、TURBO KENEVO(ターボ ケニーヴォ)を日本へ導入していません。最初にラインアップされたのは実用域でのベストバランスを狙った最大240W仕様の「SPECIALIZED SL1.1」を搭載したモデル、TURBO LEVO SL(ターボ リーヴォ SL)でした。TURBO LEVOの車重が21.32kgであるのに対して、TURBO LEVO SLは17.35kg(※ともにS-WORKSの重量)と、日本に導入されている他社モデルと比較しても圧倒的な軽さを誇ります。「これなら登りで体力を消耗せず、重さも気にせず、いままでと同じ感覚で下れる」……日本のマウンテンバイカーのE-MTBに対する印象を大きく変えました。
そのTURBO LEVO SLに続いて今回、新たに投入されたニューモデルがTURBO KENEVO SL(ターボ ケニーヴォ SL)です。「スタンプジャンパー」を基とするTURBO LEVO SLに対し、TURBO KENEVO SLは「エンデューロ」のハイレベルな走破性をE-MTBに投影。モンスター級のトレイルを走破するべく生み出されたモデルで、フルモノコックのカーボンフレームには、前後170mmトラベルを誇るサスペンションシステムとTURBO LEVO SLと同様、軽量&コンパクトなモーター「SPECIALIZED SL1.1」を搭載。S-WORKSグレードは重量が18.6kgまで抑えられています。
スペシャライズド ターボケニーヴォSLエキスパート
価格:121万円(税込)
カラー:グロスクールグレー×カーボン×ダヴグレー×ブラック
フレーム:カーボン
フォーク:FOX FLOAT 38 Performance Elite 29(170mmトラベル)
リアユニット:FOX FLOAT X Performance
コンポーネント:SRAM X01 Eagle
タイヤ:SPECIALIZED Butcher(29×2.3)
モーター:SPECIALIZED SL 1.1
このTURBO KENEVO SL、日本でのターゲットはENS(エンデューロナショナルシリーズ)への参加者、斜度のある下りやラフな路面での安定感、安心感を求めるマウンテンバイカーたち。シングルトラックの登りを満喫する里山メインのマウンテンバイカーをターゲットとしたTURBO LEVO SLに対して、ダブルトラックや舗装でのアプローチが必要なスケールの大きなトレイル、リフトアップできないダウンヒルコースでの使用を想定しているそうです。
注目していたのは近年、スペシャライズドが提唱するS-SIZINGについて。TURBO LEVO SLは従来のS、M、Lといった一般的なサイズ展開であったのに対して、TURBO KENEVO SLではS2、S3、S4の3サイズが用意されています。いずれもヘッドチューブ長、つまりスタックハイトとスタンドオーバーハイトは大きく変わらず、サイズによって寸法が異なってくるのはリーチ。つまり、身長や股下の寸法で選ぶのではなく、取り回しやすさを重視するのか、ハイスピード時の安定性を優先するのか、乗り手の好みに応じてサイズを選択できるシステムを採用しているのです。今回は、S2、S3の両サイズを試乗しました。
もうひとつ気になったのがエンデューロにもまだ採用されていないアジャスタブルヘッドセットの存在。時間および試乗車の台数の関係もあって、アジャスタブルチェーンステイでジオメトリーを変更するまでには至りませんでしたが、ヘッドアングルについては62.5、63.5度にセットされた車両をそれぞれ試乗。ここまで寝かせたヘッドアングルの、1度の差がどれだけハンドリングに影響をもたらすのか? 実に興味深いポイントでありました。
下りにフォーカスしたモデルだけあって当然、ダウンヒル性能には申し分がありません。エンデューロに乗ったことのある方であれば、4kg程度の重量が増したイメージで間違いないでしょう。しかしながら、富士見パノラマのような高速ダウンヒルコースで活かせるハイスペックは、コンパクトなコースではやや持て余し気味になります。特に今回はアジャスタブルチェーンステイがLOW設定だったため、ハイスピードを維持できるよほどの上級ライダーでもない限り、ヘッドアングルを寝かせたSLACKポジション(62.5度)ではハンドリングにだるさを感じたはずです。ただし、ミドルポジション(63.5度)にセットされた車両に乗るとネガティブな印象はほぼ皆無。この領域におけるヘッドアングル1度の差は、想像していた以上であることを実感しました。
S-SIZINGについては、自ら購入することを前提にいろいろと妄想してみました。当方の身長は173cm。対応サイズは……配布された資料を確認すると、どうやらS2、S3、S4の3サイズすべてが該当するのだとか。実際に試乗してみたところ、S2は体の動きを制限されず、今回の試乗コースとなったフォレストバイクのような、コンパクトなレイアウトにもマッチする印象で、能動的に体を動かしてMTBを操る、そんなここ数年味わっていなかった感覚を思い出させてくれました。
S3サイズに乗り換えてみると印象は相応に変わります。いま風というべきか、上半身のポジションがバシッと決まり、考えずともいい位置に体が収まる下り系MTBに。体の動きを最小限に抑えたまま、高速域での安定感が得られるジオメトリーとなり、S2で感じたワクワク感がやや薄れた一方、下りでの安心感は大幅に増量。間違いのない選択、といえます。S4サイズについては、今回試乗することはできませんでしたが、自分の体格にはS3でも十分すぎるくらいのロングリーチ。S4に乗ることでアドバンテージが得られる機会はいまのところ想像がつきません。あったとしてもリフトアップを前提とした、極めて限定されたコースのみと思われます。
下りにフォーカスしたE-MTBとはいえ、登りは苦手という印象を抱くことなかれ。たしかに狙ったラインをトレースしながら、登りをクロスカントリー的に楽しむのであればTURBO LEVO SLに軍配が上がりありますが、TURBO KENEVO SLにはラインを選ぶ必要がない絶対的なゆとりがあります。深い木の根が連なるラインを一直線に通過できる登坂性能は、ゆとりあるサスペンションのストローク、起こし気味のシートアングル、アシストパワーの共演があってこそ。むしろ、シングルトラックの登りは得意中の得意、といえるのです。従来のペダルバイクとは異なり、登りでの重量&サスペンションストロークの増加が必ずしもマイナス方向に働かない、それもE-MTBの特徴のひとつですから。
試乗するまでは「TURBO LEVO SLで十分。コンパクトな日本のトレイルには似つかわしくない、ゲレンデ専用のE-MTB」と想定していた節もありますが、いま自分がMTBを1台だけ所有するのであれば、このTURBO KENEVO SLを選択するかもしれません。というのも試乗した印象から、アジャスタブルチェーンステイをHIGHポジションにセットした上、アジャスタブルヘッドセットをSTEEP(64.5度)ポジションに調整すれば、トレイルバイクとしても存分に使えるポテンシャルが垣間見えたからです。もちろん、専用コースではない里山のトレイルでTURBO KENEVO SLのハイスペックを存分に引き出すことは、道徳の観点からもNG。しかし、走る場所に合わせてスタイルや速度域を切り替えながら使えば、1台ですべてのシーンを網羅することも不可能ではありません。TURBO KENEVO SLは乗り手の発想と常識が試される、玄人好みのE-MTBといえそうです。
スペシャライズド エスワークスターボケニーヴォSLエキスパート
価格:181万5000円(税込)
問:スペシャライズド・ジャパン
https://www.specialized.com/
ドライブトレインにスラムの電動無線コンポーネントXX1 Eagle AXSを搭載するほか、最上級グレードのパーツのみで組み上げられたフラッグシップ仕様。
問:スペシャライズド・ジャパン
https://www.specialized.com/