究極にシンプルながら、かくも奥深き乗り物、自転車。楽しみ方から歴史、モノとしての魅力、そして個人的郷愁まで。自転車にまつわるすべてに造詣の深いブライアンが綴る「備忘録エッセイ」です。
クロモリの説アレコレ
真偽のほどを検証します
1.クロモリは鉄?
英語では、鉄のことをアイアン(鉄)とスチール(鋼)で明確に分けて言います。私たちが接する鉄製品のほとんどは鋼なのですが、固いことは言わず、以下「鉄」とします。
クロモリは特殊な金属のように思われていますが、一般的な鉄である普通鋼にクロームとモリブデン等を1%以下、ほんのわずかに含んだ合金鋼。ステンレス(クロームやニッケルを数~十数%含有)などよりはもっともっと、単純な鉄に近い仲間です。
だから磁石もしっかりくっつきます。合金化によってママチャリフレームの普通鋼に比べ3倍以上の強度をもち、強いからチューブの厚みを薄くできる。すなわち、軽いフレームになるのです。
鉄の仲間? 錆が心配だなあ。ではここで次の噂について。
2.クロモリは錆びません?
これは暴言です。ほったらかしにしたら錆びてしまいます。クロモリについてよく相談される「傷をつけてしまった(泣)」ということ。「錆びるのが心配」「タッチアップで大至急補修しないと大変!」……本当にそうでしょうか。
鉄だからといって、そんなにすぐは錆びません。愛車を心配するあなたはきっと傷の部分をナデナデしているはず。それだけでも皮脂で錆びにくくなるし、ワックスをかけたりすると、傷が消えるわけでもないのにさらに錆びにくくなりますね。
タッチアップで部分補修することはもちろんベストですが、少し残念なお知らせ。自転車の多くは、下塗り、中塗り、上塗り、クリアーと、何層もの塗装が行われています。タッチアップペイントはそれを1回の塗装で賄うわけですから、純正のタッチアップでも完璧なカラー再現は出来ません。
また純正ペイントは取り寄せになり、入手するまで日数がかかります。今はクルマ用のタッチアップがたくさんありますから、その中で一番近しいカラーを見つけて補修するのも一手です。昔はプラモデル用塗料も使いましたね。
3.クロモリはシュッとしてる?
実はクロモリが細いのでなく、アルミ、カーボンフレームが太いのです。黎明期のアルミフレームはクロモリフレームと変わらない細さでしたが、アルミは合金化してもクロモリほどの強度が得られません。
1980年代前半、理論好きのアメリカのこと。チューブ径を太くして強度を上げるという機械構造の手法を取り入れて、クライン、キャノンデールから太いアルミフレームが出ます。これにはカルチャーショックを受けました。
4.クロモリはしなやか?
アルミフレームは太くて薄く、一般的にはクロモリよりも軽いのですが、チューブとしての強さはクロモリよりも高い。これはアルミの寿命を考えて、フレームがオーバースペック気味で設計されていることによります。
チューブ強度が高いのでフレーム全体としての剛性がアップ……つまりたわみにくくなり、アルミフレームは硬くなるのです。「しなやか」という感覚は、アルミフレームとの対比によるものだったのですね。
5.クロモリは一生モノ?
アルミになくてクロモリにあるもの。それはある一定以下の力が加わり続けても破損には至らないという「疲労限度」です。
しかし、さすがのクロモリも大きな力には勝てません。大きな凹み等が生じた場合には、その部分に力が集中して破損に至ることもあります。
スポーツバイクでの高速走行も含めて、普通に乗っている分には一生モノと言えるのでしょうが、大きなストレス…… たとえば歩道の段差ガッツン! は厳禁です。
6.美しいと思えるあのクロモリ
自転車は非常に長い歴史の中で、普遍の美しさが醸成されてきました。
たとえば、トップチューブは水平たるべし。長い道のりを経てスローピングフレームが受け入れられましたが、それでも、ホリゾンタルはやっぱりキレイに見えてしまいますよね。
ああだこうだと言わなくても、クロモリフレームは独自の美しさを秘めています。
自転車はクルマと同じで、機能や性能だけでない、愛着の持てる工業製品。キレイと思うだけで、クロモリを心から好きになれるのです。有名な曲の台詞ではではないですが。
Profile
筆者注……第5回でも触れていましたが、素材についての詳細はラレーのコラムページ(http://www.raleigh.jp/column)の「自転車の素材とレシピ」をご参照ください。初出は2006年で、加筆もしていますけれども、最近ではあまり大きなイノベーションもないようですね。
『自転車日和』vol.52(2019年7月発売)より抜粋