わたしが自転車で旅する理由 第3回

風を感じ、音を聴く。ほどよいスピードで道端の小さな花に気づく。それぞれの土地で人々とふれあい、自分と向き合う。そんな自転車旅の魅力にとりつかれたサイクリストのストーリーをつづります。


 
29歳の夏、ワーキングホリデーで訪れていたカナダにて、大陸横断4500キロの自転車旅を決断。前回に引き続き、その模様をお届けする。

サスカチュワン州

平原のなかを走り続ける。クルマで走る人は何も無くてつまらないというが、自転車で走ると違う。風の音、鳥のさえずり、何十種類もの鳥たちを見ていて飽きることはなかった。

野生動物の鹿やうさぎ、アライグマを見かけたのは、残念ながらクルマにひかれた後のほうが多かった。まだひかれたばかりで生々しく、真っ赤な血が流れている鹿に鷹やカラスが群がっていた。

鹿は死に鷹は生きる。それを見て、死から強い生を感じた。
 
6月4日

マニトバ州に到着。州をひとつ越えるたびにカナダ の世界は変わっていった。

友達と一度分かれて1週間ほどひとりで走った。もうすぐで次の街だ、というところで雷と豪雨が……。

平原地帯の中で森も林も近くに見当たらない。風と雨が強く顔面に当たり、呼吸も苦しい。目も開けられないほどだった。

後ろからは容赦なくクルマが我先にと街へ向かって走り去る。ヒッチハイクするのも危険だと思った。

ようやく林を見つけ、自転車から転がり落ちるように逃げ込む。雷は頭上に落ちんばかりに雷鳴を轟かせていた。頭の先から足の先まで全身びっしょり。

雷が去るのを待ちながら、「こういう時、動物たちはどうやってか、嵐が来るのを察知してひどい目に合う前に安全な場所に逃げ込む」そういった野生の勘やどこが安全かがわかるようになりたいと思った。

風が弱まり、雷が遠くに去ったので走り始める。目の前から再び雷雲がやって来るのが見えたので、これ以上危険な目にあう前に野宿することを決めた。

大きな家を見つけたので、庭にテントを張らせてもらおうとドアを叩いた。出てきたおじいさんに話をすると、家の中に入って泊まりなさいといってくれた。嵐は今晩また強くなるから外は危険だと。

家に入ると奥さんと孫と犬がいた。夕食を出してくれ、温かいシャワーも。本当にありがたかった。クリスチャンの方のようで、食事のときには日々の感謝と私の旅の成功を祈ってくれた。


 
6月27日

やっとカナダの真ん中に到達。

ウィニペグで再び友達と合流。なんと友達の彼氏もやってきて一緒に走ることに。ここからは3人旅になった。

カップルふたりはカナダ人、やはり生まれ持った身体の作りが違う。弾丸のように走り続けるふたりについていくのに毎日必死だった。

日々、3人で食事し、同じ場所で泊まる。最初は、英語の会話も難しく、一緒にいること自体がつらいこともあったが、次第に打ち解けていったのは、お互いが言葉という壁を意識せずに心を理解しようとしたからだと思う。

壁だと思っていたものは、実は自分自身が作り上げていただけで、越える必要のあるものではなかった。そしてそれはいつの間にか消えていた。
 
7月2日

スールックアウトの街でウォームシャワーのホストをしている方と偶然出会う。

ウォームシャワーとは、サイクリストたちに無料で寝床やシャワーを提供するグループで、メンバー登録をしておくと、どこの街にウォームシャワーの方がいるのかを知ることができる。

出会ったホストの方は、私たちを家に泊めてくれ、さらに、湖へクルーズに連れて行ってくれた。夕日が沈む時間帯で、湖は文字通り黄金色に輝いていた。

その湖に浮かぶ小さな島には、鷲が巣を作り、何羽もの鷲が弧を描いて頭上を舞う。夕暮れ時はエサの蚊やハエが多く飛び回るからだ。

初めて間近で大きな翼を広げた鷲をみた。鋭い眼、鍵のように尖ったくちばし。一枚一枚輝く羽根。彼らには世界はどう見えるのか。

それは、ただただ自分が小さくて無力な生き物だと自覚した時間だった。

そして、どんなに人間が住みやすいように自然を汚しても追いつかないくらい自然界は美しく、大きい。
 
7月21日

“メノナイト”という人たちが開いているファーマーズマーケットに行った。彼らは添加物を使わずに料理をし、馬車で移動し、電化製品を使わない。昔ながらの西洋の格好をして、女性は化粧をせず、男性は麦わら帽子をかぶっている。私にとって、とても珍しい人たちとの出会いだった。

カメラを向けたメノナイトの小さな少女は、どうポーズをとればよいか緊張した様子だったが、何よりもカメラ自体に驚いているようだった。

スーセントマリーの運河をはさんで向こう岸はUSA。他国がすぐそこに見えるというのが、私には新鮮で不思議な感覚だった。

同じ地球で、国境というラインは目に見えないのに、文化も言葉も違う。その国境を私たち日本人はほとんど難なく越えることができる。日本に生まれて自由に国を行き来できることに感謝した。


 
トロント

都心は交通量が多いので一晩中走り、朝の4時に到着。ウィスラーからトロントまで約4500キロのカナダ横断が終わった。

カナダは広大だ。自転車で旅をしなくてもそれはわかるが、こうして自分の足で少しずつ進むと、広いだけではなく、深い。州によって環境も文化も歴史も人間も違う。それを体感できた。

どこの国から来たかは問題ではなく、大切なのは「何をしているか、何を感じて生きているか、何を信念として生きているか」ということをカナダの大陸を旅して実感した。

3人でトロントに到着。生まれも育ちも境遇も世代も違う3人が仲を深められたのは旅を共にしたから。

カナダを横断する前までは自分には旅のゴールが見えていなかった。日本一周さえしたことがないのにそれをはるかに超える長い距離を走れるだろうか、と。

毎日ただひたすらカナダの自然に触れ、人の暖かさを感じ、走っていたらあっという間の2か月半だった。

この旅から再び私の自転車旅の熱が沸騰!さあ、次はどこを走ろうか。

 

Profile

かみとゆき
1988年、宮城県仙台市生まれ。小さい頃から家族でバックパッカー、アジアを中心に歩いてきた。19歳で自転車旅に目覚め、その後カナダ横断、ヨーロッパ旅行など自転車旅の面白さを体感していく。愛用自転車はKHSのTR-101。

 
『自転車日和』vol.57(2020年10月発売)より抜粋

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