究極にシンプルながら、かくも奥深き乗り物、自転車。楽しみ方から歴史、モノとしての魅力、そして個人的郷愁まで。自転車にまつわるすべてに造詣の深いブライアンが綴る「備忘録エッセイ」です。
自転車用語の選び方で
相手の経歴までわかる?
多くの本誌読者の方にとって厄介なのは、文中に記される自転車独自の専門用語ではないでしょうか。わかりにくさが大きな障壁になるのは、お勉強も一緒。
分からないところが判らないので、さらに解らない。あ~あ、もっとおベンキョしておけばよかったなあ。編集ご担当者さんも、わかりやすさのためにとても配慮されていると思います。ご苦労様です。
英文で書かれた自転車関連の文献の翻訳はもっと大変です。かつての北米PL関連文献を、英語に長けた弁護士先生が翻訳された文書を拝見したことがありますが、散々なものでした……例えば「脱線機」という日本語訳。これ、ディレイラー(変速機)のことでした。
用語がわかると世界も広がります。そのためにも毎号買っていただいて、何度も読まれることが一番です。別に本誌さんに媚びてるのではないですけど。
さて、自転車独自の言葉にも変遷があります。以前は、競技者やマニアさんが使う用語と、業界側が使っている用語が違うことが多くありました。
しかし現在では、愛好者さんと業界における用語の違いは少なくなってきたと思います。それはどうも、MTB登場以降で顕著なようです。
戦前には機械輸出額のナンバーワンにもなった自転車。日本を代表する総合商社さんも、自転車の輸出部門を擁していた時代がありました。アメリカ発祥のMTBが日本でも使われるようになると、輸出だけでなく輸入も行われ、主力の北米向輸出を担う多くの商社さんも活躍します。
また、当時の自転車業界には多くの製造販売メーカーもありました。それらの企業で使われていた業界用語が、MTBを愉しむ愛好者さんに流布したのではないかと考えます。
そのため、厳密に米語ではなくとも、アメリカで使われていた言葉が広まる傾向があります。「バイク」だって、かつての主たる輸出先の米語が拡がって「ロードバイク」「スポーツバイク」という言葉になりました。
ほかにも「ランプ」より「ライト」、「シートピラー」より「シートポスト」、「マッドガード」より「フェンダー」などが日本でも優位にありますが、これらもアメリカでの呼び方です。
ランプやピラーなどは英国式の言い方だそうで、イギリスでは今でも使われている……と思いますが、確証はありません。現在は英国でも「バイシクル」でなく、米語式のバイクというようになってしまったようです。
ちなみにディレイラーを指す「リヤメカ」「フロントメカ」もよく聞きますが、これは英語ではなく、業界用語が流布したもの。語源は〝メカニズム〟で、変速機を仰々しく言ったことによります。
さらに日本では「ドロヨケ」「カゴ」等——ほかにもいっぱいあるのですけど、純然たる和語表現がそのまま用語になっているものもあります。
自転車JISをめくると、とても素敵なひらがなによる部品用語が出てきたりもします。ほかにもハト、ガクブチ、カンザシ、トンボ……呪文のような言葉に魅了され、「あ~、業界に入ってよかったなあ」と、若いころに変なところで感じ入ってしまいました。
和語が多いということはそれだけ歴史が長いというだけでなく、文化が熟成しているともいえます。
クルマでも、ウィンドウ、ルーフなんて呼んでいたのに、いつの間にか「窓開けて」とか「屋根にボードを積んで」なんて言うようになりましたね。クルマも身近になり、文化熟成への変遷が興っているのでしょう。
言霊というと大げさかもしれませんが、言葉の変遷を考えると、そのときそのときの思いがこもっているのを感じます。
「シートポスト」と呼ぶか「シートピラー」と言うかで、その人の現在までの経歴を伺い知ることができたりします。私は業務上、英語圏の方と話すこともありますが、国内で「バイク」と言うのが今でも気恥ずかしい。
ちなみに先述のディレイラー、「ディ」がどうしても言いにくい場合「リ」と言えばそれらしく聞こえます……というのは、残念ながら廃刊となったツーリング系某専門誌での40年前の記述。秀抜な表現と感心したけど、今では器用に言える人がほとんどですね。時代を感じます。
厄介な専門用語ですが、少しでも親しみやすさを感じていただければと思って記しました。もっとお話ししたいことがありますが、却ってややこしくなりそうです……。
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『自転車日和』vol.46(2018年1月発売)より抜粋