温故知新 徒然MTB談話室 第2回

今回、対談の場としてふたりが訪れたのは中沢さんがフィールド活動の拠点としている狭山丘陵。実はこの地、今泉さんの自転車人生のスタート地点だったのです。

この日は丁度、都立狭山公園のイベント開催日。西多摩マウンテンバイク友の会とヨツバサイクルのコラボによるマウンテンバイク乗り方教室も実施され、会場は親子連れで大にぎわい。

狭山丘陵をまったりとライドした後はその光景を眺めつつ、ふたりは恒例の……。
 

Profile

  

中沢 清(写真左)
CSナカザワジム店主。西多摩マウンテンバイク友の 会会長として、MTBを取り巻く環境の改善と次世代の マウンテンバイカーの明るい未来のために日々奮闘中。 弊誌『MTB日和』ではインプレッションライダーも担当。
今泉紀夫(写真右)
ワークショップモンキー店主。MTB誕生以前からそのシーンのすべてを見てきたまさに歴史の生き証人。日本人による日本のフィールドにマッチする日本人のためのフレーム、モンキーシリーズの開発にも意欲的。

中沢:前回のノリさんの話にありましたよね。まだ青梅街道が繋がってない時代に狭山湖まで自走でやってきて、林道を走りまくって(※45年以上前のこと)。
 

今泉:ランドナーでね。兄貴がブリヂストンの名車SS10を持ってたんだけど全然乗らなくて、ならおれが乗るからって。そのとき目的地にしたのが狭山でした。

 
中沢:その狭山丘陵に来るのは20数年ぶりっていってましたけど、当時は自転車に限らず、それぞれの人がそれぞれの思いで自由になにかをできた時代、場所だったんですね。

いまはだいぶ形は変わりましたけど、時代に合った楽しみ方をしている人がたくさんいます。

今回はそれを含めてノリさんに見てもらいたくて、この場所に。前回も話しましたけど、機材は進化しているのに遊び方はあんまり変わっていないんですよ。

 
今泉:人間の形が変わっていませんからね、動物的に。それは何千年もそう。その中で自転車が生まれて、貴族の遊びとして流行して。

ストライダーみたいな蹴っ飛ばして乗る形からはじまり、そこからダイレクトドライブのオーディナリーができたり、チェーンがついたりして進化してきました。

やがてクルマやオートバイが生まれ、乗りものという道具としては古くなっても、ヨーロッパではスポーツになり、荷物を積んで旅にでかけたり、遊び道具として残ったわけです。 


 
中沢:適応というか、アジャストしていくというか。さっきも走りながら話しましたけど、環境やその時代に合わせて楽しんだり、なにかを見つけたり。

この狭山丘陵でも走れるエリアが限られてきたり制限されたりと、形が変わった部分はありますけど、適応していく人たちはいますからね。

 
今泉:その適応についてですけど、乗る人によって自転車の捉え方も違ってきます。

例えば、自転車ってなんだろうと考えたとき、レーサーにとってはそれが武器で、楽しみたい人にとっては靴みたいな道具だと僕は思うんです。

 
中沢:そうですね。トレイルで遊ぶ人にとっては体の一部であって、もちろんレーサーにとってもそれは同様ですけど、勝つための道具でもあるわけです。ノリさんのいうところの武器。

この狭山丘陵一帯の世界観を含め、そういった武器としてのMTBはいま、全国的に受け入れられなくなりつつある。

でもね、人間はそういうものにアジャストしていける生きものだし、その環境の中での楽しみ方を見つけていけるんじゃないかな。

 
今泉:人間自体のシステムは変わらないじゃないですか。僕はいまMTBにフロントサスペンションは欠かせないと思っていますし、タイヤの太さなんかも自由に選べたり、自転車は進化しています。

でもその中で1×1に戻っていく人がいて、分かってくるとシンプルになりたくなるという先祖帰り的なものも、ひとつの体験なんじゃないかな。

 
中沢:自分たちが100mを5秒で走れるようになったわけでもないし、300kgを持ち上げられるようになったわけでもなくて。

道具の使い方は上手になっているかもしれないけど、意外と年数が経ってもやっていることはあまり変わっていないんですよね。

自然の山をナチュラルに楽しむというのは、まさに元に戻る贅沢。そうやって80年代から90年代、2000年代、2010年代とグルグルと回りながら、そのフィールドに自分たちが関わっていくことで、さらに楽しむ幅が広がっていく。それがいまなのかもしれません。

 
今泉:僕たちは山のツーリングからマウンテンバイクの形になる〈ダートバイクってなんだろう?〉という時代を見せてもらってきましたから。

BMXもあのシュインのクルーザーから始まっていて、ただのだだっ広いところで自由に走るあの感覚、あれがダートバイクの原点なんだと思います。

このイベントを見ていて、あらためて子どもたちが乗っていけるための環境を作っていきたいと思いました。

いまはいい道具もあるし、平らなところでも工夫すればいろいろなことができますし、それぞれの子どもがなにを楽しいと感じるのか、大人が見定めて上手く引っ張ってあげないと、と。

11月3日から5日まで都立狭山公園で開催されたイベント『SAYAMA HILLS 3DAYS』。5 日には西多摩マウンテンバイク友の会とヨツバサイクル(ダートフリーク)のコラボによるマウンテンバイク乗り方教室も実施。数多くのキッズたちがMTBの楽しさを体験しました。(2017年)

 
中沢:ゴルフで打ちっぱなしにいったり、野球でキャッチボールしたりバッティング練習したり、サッカーでパス回しをしたり。

自転車にもそれが必要で、そのための練習場所も必要。それをやることで山で安全に走るためのスキルが身につくはずですからね。

 
今泉:そういえば昔、マウンテンバイク協会のお手伝いをさせて頂いていた頃、スキーのスクールでまず転び方から習うように、自転車でも転ぶ感覚とか転び方から教える、そんなこともしていました。

転んでなんぼという時代。こういう路面だったらこうなると転んじゃう、というように。いまはそういう部分が欠落しているのかもしれませんね。

 
中沢:いまはバイクも進化しているし、いいコースもある。だから、最初からそこに入っていけちゃうんですけど。リスクを感じないまま走ってしまうのは……。
 
今泉:安全性と危険性って裏返しだから、それをいかにうまく表現してあげるかが大切で。

ヨツバサイクルの登場から遡ること30年。今泉さんはキッズ専用MTBとして、モンキー90Kの20インチ版を製作。「子どもたちが安全に楽しく乗れるバイクを……」そのマインドは今日も受け継がれている。

中沢:それが欠落しているということは、人の意識が後退したということ?

 
今泉:システム全体かな。自転車は進化しているのに、関わり方が後退している感じ。

 
中沢:確かに。最近はMTBの遊び方にちょっと飛び級っぽさを感じます。

 
今泉:マニュアルばかり、ルールばっかり教えているとどうしても頭でっかちになりますから。

 
中沢:自分たちの時代は山に入る前にトライアルっぽい練習をやりましたね。まずスタンディングとか、フロントリフト、リアリフトとかの基礎練習。

なにより山から安全に帰ってこなくちゃいけないから。

 
今泉:そうそう。飛べなくてもいいから(笑)。

 
中沢:今回、西多摩マウンテンバイク友の会がお手伝いさせて頂いたイベントもそうですけど、時代がまたぐるりと回って、かつてノリさんたち先人がやってきたことを自分たちができるようになってきたのかもしれませんね。

 
写真:村瀬達矢 文:トライジェット
『MTB日和』vol.32(2017年11月発売)より抜粋

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