風を感じ、音を聴く。ほどよいスピードで道端の小さな花に気づく。それぞれの土地で人々とふれあい、自分と向き合う。そんな自転車旅の魅力にとりつかれたサイクリストのストーリーをつづります。
前回に引き続きフランスからスペインへ。ここからはカミーノ デサンティアゴ、(サンティアゴに続く巡礼者の道)を走ることに。2019年
9月21日 Pamplona
走り出しは順調、砂利道をグングン走る。気持ちのいい田舎のコースだった。しかし、どう見てもハイキングコース。私が乗っているツーリングバイクのための道ではない。舗装はほとんどされておらず、道幅も狭い。砂利道ならまだしも大きな石がごろごろあるところも多く、さらに登山かと思うほどの傾斜。舗装されていたとしてもキツイ登り坂を……途中何人もの巡礼者達に後ろから押してもらった。
ついに私も自転車を降り、押しながらのハイキング。マウンテンバイクで走っているサイクリストはこの山道をすいすいと登って行ってしまった。たった15キロくらいの道のりを3~4時間かけてやっと峠のてっぺんに到着。たくさんの巡礼者にハイタッチや拍手をもらった。下りは楽勝! かと思いきや登りよりも恐ろしい道が待っていた。登山道を荷物満載の自転車で下ると想像してみたら恐ろしさがわかるだろう。
9月23日 Najera
街に到着し、宿を探すがどこも満室。最後に辿り着いた宿も長蛇の列。ここは教会が提携していてボランティアが施設を管理している。宿泊費も寄付金のみ。私は10ユーロ払ったがもちろんそれ以下でも以上でも良い。宿の中は100人くらい泊まれる大広間に二段ベッドがずらっと。到着順にベッドを確保していくので遅くついた私は良い場所を選ぶことができなかった。というのも夜、安眠できるか否かはベッドの場所が重要になってくるから。その日は仕切りのない二段ベッドの上段で隣はいびきがうるさいおじいさんだった。いびきがうるさいのでなるべく端に寄るが寄りすぎるとベッドから落ちそうになる……。安眠できずに夜が明けた。
9月24日
早朝に出発。ヘッドライトをつけて山道を走っていたが、途中でライトの充電が切れてしまう。真っ暗な道を点々と明かりが動いている。ハイキングする巡礼者たちだ。地上を歩く巡礼者の光が夜明けの星空へ続いているようだった。
9月25日 Burgos
朝8時ころ出発し、この日の宿泊地についたのが3時半、ほとんど休まずに走ってきたが40キロほどしか進まなかった。距離は大したことなかったが、丘を登り下り。その下り坂の恐ろしいことと言ったら…… スキー場で上級者コースを下るような感覚だった。転んだらおしまい、自転車ごと転がり落ちていきそうな下り坂。無事怪我なく予定地につき安心したからか、呑んだビールは体に染み渡るおいしさだった。
9月29日 astorga
何日か前に南京虫に刺され、腕中に跡が残っていた。宿のスタッフがその痕を見て、もしかしたらまだ体や荷物に南京虫がついている可能性があるからすべてのものを洗濯、日干ししてくれという。そうでないと宿泊させることはできないというのだ。実際南京虫問題は各アルベルゲ(巡礼者用の宿泊施設)でおこっていて、誰かが持ち込んだ南京虫がベッドに潜み、次の人にくっつき、また別の宿に移動し卵を産む……刺されるとかゆくて眠れないほどなのだ。
10月2日
朝は濃霧の中出発。最近フランス人の友達ができ、ふたりで一緒に走っていた。他にも友達ができ、4~5人で走っていたこともある。この日はイギリス人のカップルと一緒に走った。サイクリストはだいたい走るスピードや宿泊する宿が決まってくるのでおのずと知り合いが増えていくのだ。あまり人数が増えるとペースが乱れるのでそれも良し悪しだが……。
サンティアゴ デ コンポステーラ
巡礼者たちがお酒を手に大声で歌いながら道を歩いている。もう、ゴールはすぐそこらしい。ついにサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着。大聖堂の前ではめいめい抱き合い、中には涙を流している人も。私たちもハイタッチを交わし、記念撮影をした。徒歩で旅をしている巡礼者と違って800キロの道のりはそこまで日数のかかるものではなく、むしろ旅がもうすぐ終わってしまうんだという切なさの方が大きかった。ここからポルトガルのポルトを目指してまた自転車をこぎだす。
10月7日 ポルト
スペインを一緒に旅してきた友達ともここまで。またどこか世界の道で会おうと約束し、別れた。港町のポルトはサーディン(ニシン科、イワシなどの小魚の総称)が有名、私はガーリックライスにてんこ盛りのサーディン、それと白ワインで自分の旅を締めくくった。
フランス、スペイン、ポルトガルの旅が終わった。
日本へ帰る飛行機の中から自分が走った道が、街が小さく見えた。あんな田舎の、観光地でもない場所は自転車で通らなければ知る由もなかった。目的地より道のりを楽しむ旅、むしろ目的地なんて、ないのかもしれない。走って、止まって、感じて、そうやって私の自転車の旅は進んでいく。これからも。
Profile
文・イラスト:かみとゆき
『自転車日和』vol.59(2021年8月発売)より抜粋