私が自転車で旅する理由「北海道の旅、後半」


風を感じ、音を聴く。ほどよいスピードで道端の小さな花に気づく。

それぞれの土地で人々とふれあい、自分と向き合う。そんな自転車旅の魅力にとりつかれたサイクリストのストーリーをつづります。

知床峠から国後島が見える。

 

9月の下旬、北海道の旅も終盤に差し掛かっている。宗谷岬を後にすると、今度はオホーツク海沿いを走ることになる。浜に釣竿を何本もさして秋あじ(秋の川を上る前の鮭)を釣る人たちがいる。風は冷たいが陽が照ると温かく、キラキラした海面が眩しい。

バス停泊

浜頓別からは内陸に入った。その日は雨も降ってきて、風も強く、テントを張るのに適当な場所も見つからなかったので、バス停に泊まることに。北海道のバス停は雪が深いことや寒さが厳しいことを配慮してか、小さな小屋が設置されている場合が多い。

最終便と始発便の時間をチェックして、なるべく誰にも会わないよう忍者の如く利用するのが私達のルール。

紋別ー網走

紋別から網走までは約100キロ。なだらかな道のりだったのでスムーズに走れた。サロマ湖沿いを走り、さらにノトロ湖の近くまでくると、国鉄湧網線廃線跡を利用した、サイクリングロードが始まる。

北見市の常呂町から網走市までの約25キロ。休憩所やカフェなどもあるのでサイクリングをのんびり楽しめるようになっている。秋の風で落ちた葉っぱの絨毯をパリパリ踏みながら軽快に走る。ふと顔を上げると山葡萄がたわわになっていた。

知床半島

今回、北海道に来た最大の目的は知床へ行くことだった。ウトロで野宿をし、次の日はいよいよ知床峠へ。まずは知床五湖を目指す。

道路は急な登り坂、眼下には深くて青いオホーツク海が広がっている。国立公園内には「野生動物へ餌を与えないでください」という看板を多く見かけた。餌を与えることで動物が人間に近づく、可愛いから、写真を撮りたいから、その一瞬のために動物達の生活を狂わせてしまうのだ。

知床には熊が沢山いるよと言われていたのでドキドキしていたが、山の上から親子の姿を見たくらいだった。魚をとる親の近くで子どもも真似して魚取りをしている姿は微笑ましく、いつまでも見ていたかった。

知床五湖を散策し、その後ビジターセンターへ寄って国立公園の自然の雄大さや野生動物との上手な付き合い方を学ぶ。寄り道が多かったので知床峠に着く頃には日も暮れかけていて、天気も怪しくなり、風も強く、凍えるほど寒くなっていた。

峠からは国後島がまさに目と鼻の先に見える。峠を振り返ると羅臼岳がそびえ立つ。裾野は紅葉して赤く、薄っすらと夕陽でピンク色に染まり美しさがより際立って見えた。下りはスピードを抑えずに走ったので、羅臼の街に降りる頃には歯が噛み合わなくなるくらい体が冷え切ってしまった。

 

日本最東端

日本最東端、納沙布岬の灯台にて。

ノサップ岬に到着、肉眼で北方四島が見える。最東端のサインはあるものの、宗谷岬ほど目立ったものではない。至るところに「返せ、北方領土」の文字が。第二次世界大戦直後、島に住む日本人は追い出され、ロシアの領地とされた。

根室には祖父母が北方領土出身だったり、お墓が島にあったりする人が多い。基本的に日本人はビザを取得しなくてはロシアに入国できないのだが、元島民、島民の子孫はビザなしで渡ることができる。市内にはロシア語の看板が多く、ロシアを間近に感じることができる。学校でロシア語を習ったり、交流として島に渡ったりする機会もあるとのこと。

国同士の問題は複雑かもしれないが国民同士がお互いに交流を深めることで国を超えた絆が生まれていくのではないだろうか。ノサップ岬や根室市内には北方領土に関する資料館などもあるのでどんな事実があったのかを知るには一度は訪れて欲しい場所だ。

秋終盤

10月後半、野宿が寒くなる季節だ。テントを張ると結露で内側に水滴ができるので公園の東屋などのベンチやテーブルの下で寝ることもあった。意外と地面は温かく、テントを片付ける手間もないし、虫もいないので案外心地よい。

釧路、鶴居、川湯温泉と秋も終わりかけの道北を楽しんだ。北海道に来て心から農家のありがたみを実感した。それは旅を通して農家や酪農家の知り合いができたことも大きい。食べなければ人は生きられない、その基本となる仕事をしてくれている人たちだ。

コンビニやスーパーで買う食材も生産者がいなくては手にすることもできない。当たり前のことが実は当たり前ではない、ということに気がついた旅だったと思う。

農家さんや酪農家さんからのいただきもの。しばらく、ぜいたくな食事を楽しむことができた。

たった1日でも自転車に乗って冒険してみると、見慣れた場所に発見があったり、気持ちの変化が起きたりする。まずは普段クルマやバスで出かけるところまで、自転車で行ってみてほしい。その自由さや顔に当たる風の気持ちよさが病みつきになるに違いない。

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かみとゆき
1988 年、宮城県仙台市生まれ。
小さい頃から家族でバックパッカー、アジアを中心に歩いてきた。19 歳で自転車旅に目覚め、その後カナダ横断、ヨーロッパ旅行など自転車旅の面白さを体感していく。愛用自転車はKHS のTR-101。

文・イラスト:かみとゆき
『自転車日和』vol.63(2023年5月発売)より抜粋

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