10年に及ぶ開発期間を経て今年、ついにデビューを果たした〈モバイル変身自転車〉、iruka。
ブランドの創業者である小林さんが歩んできた道のりは、オフィシャルサイトに掲載された「開発ストーリー」の通りだが、姉妹誌『スモールバイクカタログ&折りたたみ自転車2019』にて小林さんに取材を行ったところ、聞き覚えのあるひとりの人物の名前が挙がった。
irukaの誕生には欠かすことのできないあるキーマンが存在したのだという。そこで、今回はその人物を招きつつ、iruka誕生のヒストリーについて、さらに深堀りしていくことにした。
編集部:そもそも小林さんが鈴木さんと出会ったのはいつ頃だったんですか?
小林(以下、敬省略):2008年だからもう10年以上前のことになりますね、タイレルの廣瀬社長から紹介してもらって。と言いながら実はその前に一度、お話ししてるんですけど。
鈴木:あれ、そうだったっけ?
小林:僕には自転車を作るノウハウがまったくなかったので、まずはやったことのある人に話を聞こうと、2006年の秋頃、廣瀬さんと会うためにタイレル発祥の地でもある讃岐へ向かうことにしたんです。
で、廣瀬さんに会いにいくに当たって、タイレルについてある程度の知識を持っていかないと失礼じゃないかと。雑誌などでは見たことがあっても、タイレルの実物は見たことがなかったし、乗ったこともなかったから。そこで、横浜のグリーンサイクルステーションにいってみたんです、普通の客の体で(笑)。
鈴木:そうそう、タイレルについて根掘り葉掘り、質問してきた人がいたんですよ(笑)。
小林:そして廣瀬さんにお会いして、自転車を作るのなら台湾がいいとか、ひと通りの流れを知ったんです。販売店との関係性だったり、業界の構造がなんとなくわかって、irukaの開発に着手しました。
基本的なアイデアが固まってきたのは2008年に入ってから。いわゆるジャックナイフフレームの構想ができあがった時点で廣瀬さんに連絡して、当時はまだショップ業に専念していた鈴木さんを紹介してもらったんです。
鈴木:どこで作るかとか、よく話をしましたっけ。お店(GCS)の近くのカフェで。
小林:新しいブランドを立ち上げるに当たって、製造パートナーをどうやって探せばいいかなど、いろいろ教えてもらいました。
鈴木:フレームをアルミで作るのならお役に立てる部分はありましたから。台湾にいってみる価値はあるとアドバイスをしたんです。
小林:そのときにパシフィック社も紹介してもらって、実際に2008年の秋にいきました。
鈴木:台湾で作ることは小林さんの中でほぼ決まっていたみたいだけど、なかなかそう上手くもいかなくて。「鈴木さん、中国生産に切り替えるかもしれない」と聞かされたときは、相当ご苦労されているように感じましたね。パートナー探しだけでも数年はかかっているんじゃないかな。
小林:本当、何年かかったんだろう。7年くらい? 製造元が決まるまでは転々としていました。パシフィック社にいっても話はまとまらず終い。まぁ、そのときにあったのは基本的な構想だけで、具体的に形になっていなかったことも理由のひとつでしたね。
当時、パシフィック社はイフやリーチなど、自社ブランドを強化していく方針だったため、リソースがとれない。次にいったメーカーでも、プロダクトマネージャーは乗り気だったけど、エンジニアたちから時間的な理由で難しいと断られて。
鈴木:でも、それが結果的によかったんだと思うけど。
小林:そうかもしれませんね。
鈴木:「日本で販売されているフォールディングバイクって元を辿っていくと結局、みんなパシフィック製」みたいな感じだったじゃないですか。
でも、今回は違う。irukaのオーナーになる方だけじゃなくて、業界的にもirukaがパシフィック製でないことは大きいと思いますよ。これを見て、パシフィック社や台湾の大手製造元のスタッフもなにかしら刺激を受けているはずだし。
小林:確かに、工場が同じだと共通する部品はどうしても出てきてしまいますからね。
編集部:バーディを取り扱うパシフィックサイクルズジャパンの鈴木さんとしてはirukaとライバル関係になると思うのですが、その辺りのことは?
鈴木:んー、ショップの店頭に立っているときから、自分はブロンプトンもダホンも含めて、なにが一番いいとか思ったことは一度もないんですよ。コレクターでもあるから、それらブランドのフォールディングバイクも所有していますけど、それぞれに個性があるから優劣はつけられないんです。
だから、ライバルという感覚はまったくありません。タイヤのサイズは同じだから、そういった部分で比べられることはあるかもしれませんけど。
ミニベロブランドがたくさんある中、irukaには都市部で使用する人向けという個性があり、それはオフィシャルサイトにも掲載されているように、小林さんが東京で使うことを前提に考えたからですよね。ミニベロオーナーたちはそういうストーリーが好きだし、自分と同じ視点で見ているんじゃないかな?
小林:おっしゃる通りで、irukaが街乗りにフォーカスした自転車であることは確かです。もちろん、東京のみということはありませんけど。ライバルという意味では、バーディやブロンプトンも縦折りタイプのフォールディングバイクですし、それらが存在していなければ僕がirukaを作ることはなかったので、ある意味ではそうなのかもしれません。
でも、アイザック・ニュートンの「巨人の肩の上に乗っていたから」という言葉じゃないですけど、これまで歴史を築き上げてきた人たちの功績があったからこそ、さまざまな発見があり、irukaを作り上げることができた……それは強く感じています。
鈴木:いま現在、これを生み出した小林さんが、バーディーやダホンなどの従来からあったモデルを参考しているのは当然のことでしょう。
小林:鈴木さんからはすべてのことを教えて頂いたといっても過言ではありません。自転車業界でなにひとつ経験がなかったので、製造に関することだけでなく、販売の条件とか、それこそ送料云々はどうするとか。万が一、不良が出たらどう対応すればいいとか。
鈴木:irukaが完成したとき「乗りにきて下さい!」と連絡があって。そのとき、本当に久しぶりに得た感覚があったんです。自分にはかつて、日本の開発者が作り上げたフォールディングバイクに2度、出会う機会がありました。そのひとつが吉松さんが手がけたタルタルーガ、そして廣瀬さんが作り上げたタイレル。十数年振りにそのときと同じ言葉を聞いたんです。
「あれから随分と時間が空いたなぁ」と。細かい部分をどうこうと気にするよりも「よくこんな形にしたな」という感動があって、おかげで乗り味を楽しむ余裕がない。で、試乗して戻ったときに小林さんから「どうでしたか?」と聞かれて、「ゴメン、もう1回乗ってくるわ」って(笑)。
編集部:irukaはこれからどうのようなブランドに成長していくのでしょうか?
鈴木:自分が知る限り、irukaは絶好のスタートを切っています。ミニベロ業界的にみてもいろいろな意味でこれはプラスになります。
小林:まだ発売して2週間ですから(※取材時)、自分ではそれがわからなくて。なにしろ初めて尽くしなので。
鈴木:ミニベロファンの方々は情報収集にも熱心ですから、みなさんインターネットでもirukaの完成に至る流れを気にしているようでした。突然出てきたブランドであれば、厳しい状況になっていたかもしれません。小林さんが少しずつ情報を流していたじゃないですか、いやらしく(笑)。
それを見て共感している人、都会で生活している人たちはirukaの完成を待ちわびていたんです。ゆえにスタート需要という見方もできますけど、そのスタートダッシュすらできないブランドがほとんどですから。業界を活性化させてくれるはずです。
小林:さっきのライバルになるかという話に戻っちゃいますけど、ショップ主催の試乗会などでは、いらっしゃった方々の動向はさすがに気になりますね、現場にいると。「バーディとiruka、どっちを選ぶ? どっちを買う?」って。自分も気にしていないつもりだったんですけどね(笑)。
鈴木:本当に? 自分が購入する側なら「どっちを先に買おうかな?」とかくらいにしか思わないから。順番の違いだけ? どっちも欲しくなるでしょう、オタクだから(笑)。
小林:現時点で、irukaをご購入頂いたすべての方にお会いできているわけではないのですが、半数は初めて購入するフォールディングバイクとして選んで頂いているんです。それが本当にうれしくて。もちろん、2台目以降の自転車として選んで頂いた方への思いも変わりません。
なにがいいたいかというと、ハイエンドの折りたたみ自転車はそれを趣味としている自分たちにとっては当たり前に知っている存在。でも、世間ではまだまだニッチな世界で、成熟気味に思われがちだけど、実は拡大の余地が大きいということを意味しています。パシフィック社とは競合することもあるかも知れませんが、一緒にマーケットを盛り上げていければ幸せです。
鈴木: 日本のミニベロ業界はメーカー、輸入元の垣根を越えた一体感というか、仲間意識みたいなものがありますからね。
小林:それは確かに感じます。販売店を含めて。
鈴木:この本の読者のみなさんも含めて、新しいモデルが入ってくるとなんか楽しいじゃないですか? 1頭目に選ぶ人にとっても、多頭飼いする人にとっても(笑)。
小林:ご期待に応えられるように、これから新しい使い方や遊び方を提案、発信していきたいと思います。
iruka完成までの軌跡
開発初期のスケッチ的なCG。フレームにスリットを設けるコンセプトはすでに存在していた。(2008年5月)
台湾パシフィック社に製造を打診した際の図面。当時はトラス構造を想定していた。(2008年10月)
「モノがないと始まらない」と、元メーカー技術者の工房に依頼した鉄製のスケルトンモデル。(2009年9月)
中国の工場に依頼した試作1号車。トップチューブは2本のパイプを前後で接続する構造。(2010年11月)
いくつかの工場で製造が進みかけるも白紙に戻り……3社目の工場で試作2号車が作られた。(2012年9月)
現パートナー、台湾J社による試作6号車。フォークは左の片持ちに。さらに改良が繰り返される。(2017年6月)
iruka
■タイヤ径:18インチ
■ 変速数:1×8speed
■重量:11.9kg(ペダル、カプラーを含まず)
■フレーム:アルミ
■コンポーネント:SHIMANO ALFINE
■カラー:シルバー
価格:21万2800円(税別)
問:イルカ
info@iruka.tokyo
https://www.iruka.tokyo
『自転車日和』vol.52(2019年7月発売)より抜粋