日本で最もポピュラーな自転車、それはママチャリ。都市部で暮らす人々、運転免許を取得できない学生たちにとって、生活に欠かすことのできない移動ツールです。「なぜMTBの専門誌でママチャリの話?」と疑問に思ったみなさん、まずはご一読あれ。
Profile
中沢 清(写真右)
CS ナカザワジム店主。西多摩マウンテンバイク友の会会長として、MTBを取り巻く環境の改善と次世代のマウンテンバイカーの明るい未来のために日々奮闘中。弊誌『MTB日和』ではインプレッションライダーも担当。
https://nakazawagym.amebaownd.com/
今泉紀夫(写真左)
ワークショップモンキー店主。MTB誕生以前からそのシーンのすべてを見てきたまさに歴史の生き証人。日本人による日本のフィールドにマッチする日本人のためのフレーム、モンキーシリーズの開発にも意欲的。
http://www.monkey-magic.com/
中沢(敬省略、以下同):最近、ちょっと怪我をしたこともあって、地元の道をよく歩いているんですよ。いつもMTBで走っているトレイル、というか里山を。今日みたいな雨上がりの朝も道がしっとりしていて、本当に気持ちがいいんです。ということで今回は自転車もなく、ノリさんにも付き合ってもらって(笑)
今泉:前に話したことがあるかもしれませんが、僕の中で自転車にはふたつの意味があるんです。旅の道具として使うのか、いわゆるスポーツとして乗るのか。うまく言えないけれど、自分自身の世界を広げる、外に出るための道具と肉体を爆発させる道具では、役割が違ってきますから。でも、その両方があるからこそ、乗り続けてこれたというのもあります。男の子だったらいろいろな誘惑があるじゃないですか。クルマだったり、オートバイだったり。僕の場合、兄弟がそれらを趣味にしていたこともあって、クルマやオートバイが身近にありましたけど、逆に「だったら自分は自転車でいいかな」と。
中沢:自転車って自分の力でしか走らせられないじゃないですか?ダウンヒル遊びなんかは別として。
今泉:確かにダウンヒルなども含め、いまは自転車の楽しみ方が広がりましたけど、個人的には〈荷物を積んで旅に出かけられる、自分の力で走らせる道具〉というのが、自転車のおもしろさだと思っています。
中沢:当たり前だけど、歩くという行為は自分の足で移動するしかなくて、自転車も自分の足で移動する。同じなんですよね。同じなんだけど見える景色が違う。それが再確認できました。ここ(ローカルの里山)まで家から歩いてくるとすごく時間が掛かっちゃうんだけど、自転車だとちょうどいい距離感なんです。最近はママチャリによく乗っているんですが、ママチャリの持つ世界観はすごいですね。とにかく便利だし、ただ移動しているだけでも楽しいし。
今泉:それは移動速度によって見えるものが変わってきますから。違いはそこだと思うんですよ。歩くと時速4キロくらいで、ママチャリだと8キロくらい。オートバイに荷物を積んで旅をする人がよく「オートバイって自由だ」というけど、オートバイは意外と速くて。自転車だと風に負けちゃうことがあっても、オートバイなら切り裂ける。同じ2輪車でも感覚がかなり違いますね。
中沢:で、そのママチャリなんですけど、荷物が積めるからMTBだったら持ってこないような食料や本なんかも積んできちゃったり。
今泉:本当におもしろい。
中沢:上体を起こした状態で、徒歩のような足の回し方で走れるんですから。ハンドルもワイドではなく、肩幅に沿って手を前に出せばそこにグリップがあって、歩いてる感覚と近いのに風も感じられる。そんなママチャリに乗ったり、歩いたりしていると、学ぶことが本当にたくさんあるんです。普段、MTBで走っていてイメージ通りの時間で回れる場所に、徒歩だと思いのほか時間が掛かってたどり着けなかったり。
今泉:自転車の感覚が染み付いているとそういうこともありますね。
中沢:逆に自転車はそんなに飛ばさなくても、普通に足を回しているだけで結構な距離を移動できます。その再発見もすごく新鮮。
今泉:空間移動の感覚でいうと、ツーリングだと1日の行程を考えるじゃないですか。表定速が何キロくらいになるとかも含めて。峠を登って下るのと平地を走るのと、海沿いで風を受けて走るのと、それぞれで必要な時間が変わってきますから。それを想像できるのが自転車のおもしろさですよ。
中沢:最近増えてきたMTBトレイルとかMTBコースとか、それらとは異なる世界観ですね。
今泉:そっちは何分で下れたとか、テクニック的な話。あとライン取りとかもあるけど。
中沢:自分はコースにも走りに行きますけど、普段走っているトレイル、MTBトレイルと区別するために里の道で〈サトミチ〉って呼んでいるんですけど、コースではついつい反省しちゃうんです。「あそこをあのラインで走れなかった」とか「もっとこういう感じで走りたかった」とか。それがサトミチにはなくて、単純に気持ちがいいから走り回っているだけ。歩くことでそれが再確認できたんです。
今泉:その話、僕個人としてはすごく嬉しい。けど、おっしゃるようにMTBはいわゆるスポーツでもあるわけで、いまはどちらかというとその発想の方が近いような。
中沢:ママチャリからも学ぶことが多いですね。26×1・3/8インチのタイヤでも楽しい世界?
今泉:ママチャリって本当によくできていて、そのサイズはMTBの、HEの26インチより外径が大きくて、650Bよりも大きい。でも29インチよりはちょっと小さい。誰が乗ってもちょうどよく進めるサイズなんです。
中沢:カタログの適応身長の幅を見てもそうじゃないですか。それには自転車の形が影響しているんですよね。スポーツだと効率よく進ませるためのポジションが求められるのに対して、ママチャリには上体を起こしたまま足を下ろせる、早歩きのポジションが必要。だから身長の幅が作れる。
今泉:ママチャリは体格や年齢に左右されず、多くの人が共通して使うことのできるおもしろい乗りものです。電動アシストを含め、生活の中で進化してきました。自然にものが運べて、ちょっと遠くのスーパーまで買い物に行ける。あれは実用車、やっちゃ場自転車からの進化形なわけですよ。
中沢:自転車はママチャリに関わらず、使う人とその環境に合わせて形が変わってきているんですね。
今泉:時間と空間とスピードがマッチしていれば楽しいし、その自転車に乗るのが一番おしゃれですから。
~~~~~中略~~~~~
中沢:このところMTBトレイルとかコースとがたくさん増えましたよね。それらは当然、遊びにきてもらう人に楽しんでもらうために作っているので路面はスムーズだし、バームやコブがあったり。バイク自体も加速感を感じやすいものに進化してきているので、楽しいと感じる反面「ちょっと危ないな」と感じることもあるんです。スピードがすぐにマックスに到達するため、転倒するにしてもポテっと転ぶのではなく、一歩間違うと勢いよく飛び出す感じになりがちで。大きい怪我をする人が増えたような気がします。
今泉:実際に起きている話も聞きますし、想像もできます。
中沢:機材が悪いという話ではなく、性能のいい機材、気持ちよく走れる道だとそれを忘れがちになるということ。普通の山道だと木の根や石があったりして、視覚的に危険を感じて自ら走りを抑制することができるけど、コースはそういう心のブレーキが掛かりにくい気がします。
今泉:わかります。このところ僕もコースに行くことが多くなって先日、富士見パノラマにも十何年ぶりかに行ったりしましたが、そういう枠の中で遊んでいる人が増えているみたいですね。
中沢:「いかに縦横に加速と浮遊感を楽しむか」結局、そこが一番おもしろい部分だし、非日常を感じられるので。いまの機材は誰が乗っても動かしやすくて、もちろんそれはいいことだけど、その分、ライダーの意識が大切になってきますね。
今泉:走るフィールドと道具のバランスが難しい。
中沢:人それぞれ考え方も違うし、スキルも体力も違いますから。
今泉:どんどんサポートしてくれるのはいいけど、危ないところに連れていって離しちゃうのは道具として悲しい。
中沢:怖い部分でもあります。
今泉:包丁だって根本「指を切るかもしれない」という危険性はあるじゃないですか。
中沢:使いようですからね。
今泉:自転車についてもそれをきちんと伝えていかなくては。
中沢:もう少し丁寧に伝えていく必要はありますね。ただ「楽しいよ」だけで終わらない世界ですから。今日、歩いた道にしてもふらっとして落っこちちゃったら足を挫く可能性もあるし、そのまま動けなくなったら最悪のケースも考えられます。コースならパトロールの巡回で見つけてもらえるけど、山道ではそういかない。中高年の山歩きなど、低山でも同じような事故を耳にしますよね。
今泉:僕も危ない、そろそろ(笑)
中沢:ましてや自分たちは道具を使う遊びをしているのだから。自分の力量の範疇で扱えているうちはいいんですけど、そこからはみ出しちゃうのは……あ、ちなみに自分の場合、力量の範疇を超えて、バイクに負けて怪我したわけではないので、念のため(笑)。歩いたり、ママチャリに乗ったりすることで、楽しさと同時にそういう危うさについても考えるきっかけができました。
今泉:想像力がつくと思う。
中沢:歩いている人の立場とかも。
今泉:自分らはMTBで山に入るとき、必ず歩いて状況を確認します。
中沢:自転車に乗っているときってやることがすごく多いじゃないですか。徒歩だと考えながら歩いたり、立ち止まることも容易ですし。
今泉:時間は掛かりますけど(笑)
中沢:山に入って環境を確かめるとか、人と交流するとかも含め、歩くことによって違う視点から見つかることは本当に多いですね。
今泉:はい、千円札を拾ったりすることもあります。
写真:村瀬達矢 文:トライジェット
『MTB日和』vol.48(2022年1月発売)より抜粋