究極にシンプルながら、かくも奥深き乗り物、自転車。楽しみ方から歴史、モノとしての魅力、そして個人的郷愁まで。自転車にまつわるすべてに造詣の深いブライアンが綴る「備忘録エッセイ」です。
またどこかで—ブライアン、来し方行く末を語る
標高300メートルにも満たない天王山の麓、まもなく三川合流して淀川になる前の桂川の対岸に街が望めます。子どもの頃、川向こうに思いを馳せ、乗っていた自転車を鉄のドロップハンドル等で改造して、遠くにある橋を渡り、初めて対岸の町に辿り着きました。自転車旅の原点があったように思います。
それから積日、学生のときに、サイクリングクラブに入部。合宿やツアーで日本全国を走りました。同好会だったクラブを体育会に引き上げるための大学事務局側との交渉や、ラリーイベントなどの企画・開催も熱心に行ったと思っています。
自転車は、旅の手段としての位置づけでしたが、道具は気持ちよく使いたい。ランドナーという魅惑的な世界観を知り、愛用していたランドナーのカスタマイズにも少しのめりこみました。当時発行されていた高尚な専門誌では、気取った旅のエッセイの他に、ハード面の記事も多く、フランス的スポーツ車への傾倒が見られました。
「ルネルス(※)の車種を揃える」なんて特集もあり、現在も崇められている埼玉の工房でオーダーされた自転車が多く出ていました。その時の自分にはとても入手できるものではありません。いつかはスポルティーフ。思いを巡らせるだけでした。
何人かの先輩が自転車関連の会社へ就職しました。その方法があったのかクラブと旅に呆けて、アピールはこの事だけ。卒業時は景気も良くない時代だったのですが、今の会社に入社。現在まで至っています。
入社後、すぐに直接的な自転関連の仕事ができるのではありませんが、しばらくしてサイクル事業部の輸出自転車開発へ異動になりました。往年の米国スポーツ車は、日本の各自転車メーカーからの輸出で成り立っていた時代。その米国スポーツ車は、専門誌でわずかに触れていた程度で、趣味性からは遠いと捉えられていました。
また、異動時はMTB開発最終段階。初めて見たMTBは、異様な自転車としか思えませんでした。
1982年に販売された初期モデルは、日本では数えるくらいしか売れませんでしたが、その後の米国向OEM生産のベースになり、米国顧客や現地調査から多くの情報を得ることができました。
国内向製品にも深化させ、異様に感じたMTBも、その後マウンテンバイクブームにも繋げることができました。
MTB以前は、フランス的な、あるいはイタリア的なスポーツ車が主流でした。日本製のスポーツ車部品も多くあったのに、わざわざフランス製、イタリア製部品を求めたのは、舶来製信仰だけでなく日本製部品のテイストが合わない要素が高かったこともあったように思います。
しかし、かつての日本のスポーツ車生産の多くは米国輸出。日本にはわずかな需要しかありません。必然、米国の志向に沿った部品が開発されていたという大人の事情を知ることもできました。
MTBは日本だけでなく世界各国に波及して、スポーツ車本家を謳うフランスやイタリアは抵抗するも抗えず、MTBだけでなく派生したクロスバイクや米国的ロードバイクが、世界的に主流となっていきます。しかし、日本では以前に愛用されたツーリング車的な要望の芽生えを感じ、当社製品で、ツーリング車的なドロヨケ付自転車のラインナップが拡大します。
現代的な解釈ではあるものの、前述「ルネルスの車種を揃える」と言うことを供給側として実現させ、もっと趣味的な英国的クラブモデルもラレー125周年として開発し、日本だけでなく、欧州・米国ショーでも出展になりました。
思いを仕事にできることは、人も羨むことでしょうが、今の仕事でなければ、所有する方に回っていたかもしれない。どちらが幸せだったのか複雑な気もします。
たまに出かけるサイクリング、OB会チームのレースに参戦しても、何となく仕事に絡んで思ってしまう。楽しむことを少し忘れてしまい、作る事、売る事。ええカッコをするようにも思えますが、そんなことで走り続けてきたようも思います。
原点に戻ろうと思います。
旅先で皆様にお会いできますことを。信州の峠なら素敵だけれど、対岸の街を望みながら、せいぜい桂川サイクリングロードかなあ。
今までお読みいただきありがとうございました。
ブライアン、また旅に出ます。
※筆者注……ルネ・エルスとも。戦後本格的なスポーツ車として紹介されたのは英国的なスポーツ車でしたが、舗装率の低さや、高低差がある日本の風土には合いませんでした。その後、鳥山新一氏等が紹介したルネルスのランドナーが、日本のツーリング車のベースとなりました。ランドナーだけでなく趣味性の高い自転車も多く、情緒的な工作等も愛好家を惹きつけ、ルネルス的なモデルがオーダーされることも多かったようです。
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『自転車日和』vol.53(2019年10月発売)より抜粋