風を感じ、音を聴く。ほどよいスピードで道端の小さな花に気づく。それぞれの土地で人々とふれあい、自分と向き合う。そんな自転車旅の魅力にとりつかれたサイクリストのストーリーをつづります。
自転車旅に出る楽しみ。
天気が良い日、自転車で外に出ると気持ちのいい風が頬を撫で、風を切ってどんどん走って行きたくなる。背中に翼が生えたように。
初めてサイクリングの楽しさを知ったのは19歳の頃。石田ゆうすけさんの「行かずに死ねるか!」を読んだことがきっかけで、10代最後の夏に北海道一周一人旅を決行。
すでにバックパッカーで日本や海外を旅していたこともあって1人旅に対する不安はなかった。
ただ、自転車を相棒にすることは初めて。スタートは、当時、祖父母が住んでいた北海道の釧路市。そこから道央を抜けて稚内まで、その後沿風を感じ、音を聴く。岸を通って苫小牧まで、というコースだった。
その時のスタイルは本当に初心者チャリダー。いつも使っていたバックパックと大きめな手提げ鞄をリアタイヤのサイドにくくりつけ、お気に入りのポシェットバッグをフロントバッグ代わりにした。首にはタオルを巻き、短パンにスニーカー。
スタイルなんてどうでも良くて、自分の自由を手に入れられたことに単純に幸せを感じていた。
ひとりでのキャンプは野生動物の多い北海道では不安もあったが、一日中走り終えた後、気にする余裕もなく眠りについていた。
夏とは言え、北海道の朝は歯の噛み合わない寒さ。朝からインスタントラーメンで暖をとっていた。
自分で旅を計画し、行き先を決め、必要なものを準備する。何をするにも判断は自由だし、自己責任だ。
そして一人旅の醍醐味は人との出会い。それに加え自転車で、となると一層出会いの機会は増す。
雨の中泣きそうになりながら走っているとトラックの運ちゃんが声援を送ってくれたり、パンクをして四苦八苦しながら直しているところをおばさんが助けに来てくれたり。
荷物はそれほど多くなかったが、それでも20kgくらいの重さはあったと思う。
体力は一般レベル、特別な筋トレなどもせずに挑んだ自転車旅。峠越えは辛かったし、1日に走れる距離も大したものではなかった。
それでも、自転車旅の最初の一歩として大きく踏み出せた夏となった。
そんな19歳の自転車旅はそれからの自分を少しずつ変えていく大きなきっかけにもなったとおもっている。
人との出会い。自由な行動範囲。頼れるのは自分の持っている根気とエネルギー。
そして行く先々で出会える風景。足元の小さな自然をじっくり味わいながら旅をする。
クルマやバイクとはまったく違う楽しみが自転車旅にはある。
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『自転車日和』vol.55(2020年4月発売)より抜粋