究極にシンプルながら、かくも奥深き乗り物、自転車。楽しみ方から歴史、モノとしての魅力、そして個人的郷愁まで。自転車にまつわるすべてに造詣の深いブライアンが綴る「備忘録エッセイ」です。
情けはチェーンのためならず
安全も節約も可能にします
スポーツバイク普遍化によって、もたらされた影響が様々あります。ボディラインがヘンなところまでピッチリ出てしまうジャージ。以前は難色を示される方が多かったはずです。
また、身を守るためにも重要なヘルメット。今では普通になりましたが、ジャージとヘルメット+サングラスの出で立ちでコンビニにでも入れば、少し前なら不審者として通報されたかもしれません。
変速システム普及も、スポーツ車普遍化の影響が大きいでしょう。とくに後方にキカイをぶら下げた外装変速。
現在、一般車(ママチャリ)も含めて、日本の自転車販売の5割近くが外装変速になりましたが、これもかつては特殊な存在でした。
もっともママチャリでは、リアハブ内部にギヤを組み込んだ内装変速よりもコストが抑えられることも理由でしょうが、一般の方に外装変速のアレルギーがなくなったことも大きいと思います。
昔、外装変速は一部の自転車選手と愛好家だけのものであって、一般には乗車技術がないとチェーンが外れるんじゃないかという認識が大きかったのです(実際によく外れた)。
外装変速の仕組みは、いくつかの大小のギヤを並べて、チェーンをかけ替えることでギヤ比を変えるというものです。チェーン自体は、自転車以外の機械や産業にも多く使われる駆動伝達方法です。
しかし、駆動伝達しながらギヤをかけ替える方法は、自転車以外に見ることはできません。ずいぶん乱暴な方法とも言えます。
しかも前後のギヤの組み合わせによっては、チェーンが大きく斜めになることもあります。
自転車の取扱説明書で、「このギヤの組み合わせを使わないでください」という図をご覧になったことがある方も多いと思いますが、チェーンが大きく斜めになってしまう使い方をしないでね、ということなのです。
自転車を整備スタンドなどに載せて、チェーンのギヤ移り変わりを、ゆっくり再現してみてください。チェーンが「こんなにネジって、もうイヤン。どうにでもして!!」と言うくらいの状況になっているのがお分かりいただけると思います。
こんな大変なことが、もっと高回転で、加えて駆動力がかかった状態で行われるわけで、チェーンはすごくイジメられているのです。
自転車のチェーンは、「もうイヤン」の状況にも耐えられるようにつくられてはいるのですが、やっぱり少しだけ気遣って欲しいものです。
まずはチェーンの交換。クルマのオイル交換にも似て、マシンを長持ちさせるために大事なことです。チェーンは引っ張られることによる伸びだけでなく、「イヤン」のねじれによるダメージも大きい。
さらに伸びてねじれたチェーンは無用なギヤ摩耗を引き起こしてしまいます。こまめなチェーン交換は、よりコストのかかるギヤ交換の時期を伸ばすことにもつながります。
そしてもうひとつはイヤン状態を少しでも抑えること。変速するときは、踏む力を少し抜いてチェーンの架け替えをしてあげることです
現在まで、様々な新素材や新技術が登場しました。その多くが乗車フィーリングに関する官能的なもので、エキスパートでないと違いが分かりにくいものでした。
しかし、1989年登場のSISと、89年登場のHG(※編集部注1、2)は誰でも違いが分かる画期的機構だったと思います。とくに踏み込みながらでも変速できるHGは、それまであり得なかったことを可能にしました。
その登場以来四半世紀が過ぎ、初めて乗った自転車からHG装備だった人口が多くなった現在、踏み込みながら変速することは、当たり前になってしまったのでは。
これは踏み込みながら「イヤン」状態を引き起こすことで、変速はできても、チェーンにとって決して好ましいものではありません。
まして、多段化が進むと同時に、チェーンはどんどん幅が狭く繊細な寸法になっています。
強力なシフトに耐えるように、チェーンの結合は強くなりましたが、やはり「イヤン」が激しければ、「もうダメ!!」となり、チェーン切断につながる可能性もあるのです。
踏ん張っているときに、関西弁で言う「スカタン」(※編集部注3)を起こすことですから、これって結構キケンな状況です。
自転車を長持ちさせ、危険な状況を作らないために、少し気遣ってあげたいこと。改めてのお願いです。
Profile
※編集部注1/SIS……「SHIMANO INDEX SISTEM」。シフトレバーに位置決め機構が設けられており、狙うギアの位置へ確実にディレイラーを動かせるようになった。
※編集部注2/HG……シマノの変速システム「HYPER GLIDE」のこと。チェーンの移動距離を最短に抑える変速ポイントを設けたギアと、それに対応したHGチェーンにより、スムーズな変速を実現した。
※編集部注3/すかを食う、あてが外れるの意。ペダルを踏み込む→チェーンが切れる→力がスカッと逃げてしまう様子でしょう。
『自転車日和』vol.39(2016年1月発売)より抜粋