究極にシンプルながら、かくも奥深き乗り物、自転車。楽しみ方から歴史、モノとしての魅力、そして個人的郷愁まで。自転車にまつわるすべてに造詣の深いブライアンが綴る「備忘録エッセイ」です。
「サイクリング」、それは最もアカデミックなスポーツ
「サイクリング」というと、私などはどうも古い言葉のように思えたりするのですが、どのように感じられるでしょうか。
若い方とお話した際には、むしろ新鮮なコトバと伺ったこともあり、これはまたこれで新鮮でした。
英語圏では、サイクリングはしっかりと生きた言葉であり、レースも含めたサイクルスポーツのすべてを意味するようですが、日本の場合は、ストイックなレースは置いておいて、「自転車で気持ちよく移動する」という意味合いがあるのではないか、と思うのです。
スポーツバイクを買ったら何をしようかなとなったときに、真っ先に思うのがこのサイクリングではないでしょうか。
いきなりレースに出る人はそんなにいないでしょうし、まずはちょっとした遠乗りで、いい景色の中を気持ちよく走りたい方がほとんどではないかと思うのです。
しかし、実際に考えてみるとどこを走ろうかな、と悩んでしまいます。
自宅周辺で気持ちよく走れるところがいっぱいある幸せな方はほんのひと握りで、大抵はそこまでたどり着くのに、混んだ道を走っていかなければならない、あるいは何処がいいところなのか分からないと言う方がほとんど。
この分野のソースが不足しているのでしょう。その意味では、本誌はいい参考書になるのではないかなと考えます。
いい参考書ではあるのですが、いきなりご自宅周辺のいいところを紹介できるわけではありませんが。
さて、色んなことを考えなければならないのだな。
これは大変だという感じになってきましたので、ちょっと違った見方をしてみます。
数あるスポーツの中で、サイクリングほどアカデミックな行為はない、と、まず断言します。
普通スポーツは、その最中に、余計なことを考えることはありません。あったとしても、せいぜい欠員の出た野球にかり出されて、ライトでぼうっとするときくらい。
しかし、サイクリングをしているときは、合間に色んなことを考えたりします。
もちろん交通量が多い道を走っているときの考え事は危険ですし、登り坂で苦しんでいるときはそんな状況ではないでしょう。
でも、たとえば緩やかな見通しの良い下り坂をダラダラと走るコースティング(編集部注:惰性で走行すること)なんかでは、断片的に色んなことを考えたりします。
決して迫ってきた納期の事や、クレーム処理の悩み、などオシゴトにまつわるイヤな事は思い浮かばなくて、なぜかいいことしか考えない。
仕事のことでも、役立つ事、いい考えなどが浮かんだりするのです。
また、日常の事、家族のこと、他の趣味の事、すべての考え・思いがポジティブであるのが非常に不思議。精神衛生上も、非常に宜しい。
そして、サイクリングに行く前は、どこに行こうかを考え、企画行為に勤しんだりします。
地図を見て風景を想像したり、地域のことを調べたり。おいしいお店をさがすのも楽しい。
コースティングでは哲学的なことに思いを馳せ、下調べでは社会科学のお勉強をしている。
これは、スポーツと言うよりも大変な学術的なことではないでしょうか。
散歩やトレッキングとも似たところがあるのですが、移動するスピード、風を切る体感は、その二者とも違ったものだと思います。
サイクリングをすでに愉しんでいる方は、その魅力に捕らわれてしまっている人も多いはずです。
また、よく言われることですが、サイクリングをしたからと言って、いきなり競輪選手のようなお御足にはなりません。
ある意味残念かもしれませんが、普通に走る分にはほとんど筋力増強にはなりません。脂肪を燃焼させるだけで、むしろスリムになっていくだけなのです。
パスタなんかを食べて炭水化物摂取が増えても、それは燃焼させるために必要なもの。人間くらいは、炭素排出量増大してもいいではありませんか。
あんまりシンドイと思わないのには、比較的汗をかきにくいこともあります。適度に風を切って進むので、汗をかいても蒸発してしまってカラっとしていることが多いのです。
ただし、そのせいで体内の水分が低下しているのに気がつきにくいとも言えます。こまめな水分補給は大事なことです。
積極的ダイエットであり、汗臭いものでもない。これこそ時代が求めるものになっているではありませんか。
気持ちよく自転車で走るサイクリング。ハードルは決して高くありません。しかも、痩身効果もあって学術的。
走るにしたがって、気持ちよく走る版図はどんどん拡がっていきます。そして、自転車による旅へも、思いが膨らんでくるはず。
昔のように自分の足で旅ができるのは、今では登山やトレッキングだけになってしまった……と言うのは山の愛好家のご意見です。
そんなことはありません。自転車だって自分の足による旅なのです。
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『自転車日和』vol.36(2015年4月発売)より抜粋