経年劣化と戦うスポーツおやぢの「朝サイ」記 その8

テーマを見つけて朝サイを楽しむ
朝サイのテーマ 庚申塔めぐり……(その2)

僕の住むさいたま市周辺には、昔ながらの街道がいくつも存在する。古くは鎌倉街道、そして中山道。そんな昔の人々の往来を想像しながらのサイクリングもまた楽しい。街道沿いに点在する庚申塔。実はそれは重要な役目をはたしていたのだ。

江戸から京都迄約500kmの道のり、ふつう歩くと2週間かかったというから、休日なしで毎日35kmも歩くことになる。しかもこれは東海道の話なので、中山道だともっと距離が伸びるはず。“ふつう”と書いてあったが、現代人の感覚では、毎日35kmも歩くなんて“ふつう”ではない、すごいアスリートだ。

サイクリスト的には、間違いなく“自転車日和”的な人ではなく“〇〇〇〇スポーツ”的な人だと思うよね? そうして考えると昔の人は凄い。自転車じゃなくて、徒歩で500kmだからね。

前回、庚申塔は飲み助仲間の記念碑みたいな事をかいたけれど、実はそんな旅人たちの道しるべとしても一役買っていたことを紹介したい。今まで朝サイ仲間と一緒にウロウロしながら発見した庚申塔いくつかご披露させていただく。

【これより江戸みち】と書いてある。そして反対側には「どこの場所?」という内容。最初はわからなかったけれど、昔はけっこういい加減な当て字をつかうことが有ったみたいで、正しく書けば【これより甲州みち】ということが判明した。

現在のさいたま市の浦和あたりから、さりげなく「甲州みち」なんて書いてあるところが、歩行と馬という交通手段しかない時代のはずなのにすごいなと思いません??

こんな庚申塔を探しながらフラフラ朝サイを楽しんでいるのだけれど、残念なことにその多くは道路区画整理などの事情で墓地や神社の片隅に移動させられてしまっている。

こちらは川口市の名刹、西福寺にある庚申塔。ちなみに後ろの三重塔は、埼玉県内では一番高い木造の建築物らしい。三代将軍家光の長女千代姫が奉納したと伝えられている、丘の上にそびえる立派な三重塔だ。

おそらく、この庚申塔もどこからか移設されたものと思われる。お寺にあると、なんだか霊を供養しているようで、庚申塔の意味をしらないと薄気味悪く思ってしまうのも、また仕方なしか……。

逆に江戸時代からオリジナルの場所でそのまま残されている庚申塔を探して発見した時、朝サイおやぢは感動するのです。

【北方向は、与野と秋葉神社】
実は、朝サイをしてから秋葉神社のことを知りました。江戸時代には紀州徳川家の祈願所となり、たいそう栄えたそうです。そんな面影が神社の伽藍の雰囲気からも感じられます。この庚申塔の標識から秋葉神社まで約12kmはあります。

埼玉には江戸時代の将軍吉宗の時代に紀州と関わり合いをもった場所が増えたような気がします。(例:見沼代用水)そんな由緒ある場所を探すのも朝サイの楽しみでもあります。

【南方向は 現在の“蕨市”の道しるべ】
この庚申塔の建立は文化四年(西暦1807年)、伊能忠敬による全国の測量まっさかりの時代。まともな地図もなかった時代に庚申塔の標識は重要だったにちがいない……なんて考えながらサイクリングするのもまた楽しい。自分が立っている道が何百年も前から存在したという事実が、なんとなくおぢさんを萌えさせるのです(笑)。

【南 江戸:西 うらわ、大宮道:北 ? 岩槻道:東 八丁道】
中尾というのは現在も残る地名。この八丁という場所は、芝川と見沼代用水をつなぐ日本で一番古い閘門式運河のある場所で、これも紀州藩士井沢弥惣兵衛為永によって作られた。関係浅からず。埼玉(武蔵)と紀州!

今回は、道しるべとしての庚申塔を見てみましたが、本来庚申塔は、前回も書いたように体の中に潜む三尸(さんし)の虫が、日ごろの悪行を閻魔大王に告げ口に行くのを阻止するために、仲間同士で寝ずに宴会をするという素晴らしいイベントの記念碑。虫が告げ口に行く日、つまり庚申の日は、60日ごとの年6回……それを3年間続けないと、庚申塔は建てられない。

それだけに、庚申塔がたくさん存在する埼玉って、もしかしたら江戸時代は平和で豊かなエリアだったような気がしますよね。

ちなみに今年この虫達が告げ口に行く日は、

1月12日(火曜日)
3月13日(土曜日)
5月12日(水曜日)
7月11日(日曜日)
9月9日(木曜日)
11月8日(月曜日)

皆で庚申塔建てませんか???(笑)

 

Profile 神田秀仁

還暦を数年前に過ぎた、スポーツおやぢ。
若い頃はオートバイに狂っていたが、自転車業界(Tommasini,Casati,Calamita)に関わり始めた30年以上前にMTBに乗り始め、20年ほど前からロードバイクに乗り始める。中年以降は、メタボ(脂質異常症)、脊柱管狭窄症、腰椎ヘルニア、アレルギー性喘息等を経験しながら、ダイエットにいそしむ。軽いノリでロードバイク、ラン、スイムを始め、2002年にトライアスロンに挑戦したが、溺れかけ、スイムがトラウマに。その後数年はデュアスロンとなり、奥武蔵を中心にサイクリングを楽しむように。気付けば80kg以上あった体重は、70kg前後に。トライアスロンも復活(宮古島・佐渡・Ironamnを経験)。

- 連載, ロードバイク

© 2020 TATSUMI PUBLISHING CO.,LTD