コンフォートスペックを身にまとったもうひとつのirukaとその誕生秘話

構想から開発、製造に至るまで10数年もの年月を経て2019年、ついにデリバリーが開始されたジャパンブランドの折りたたみ小径車、iruka。すでに世界中のオーナーたちを魅了する特別な存在となった本モデルに新たなバリエーションモデルが追加ラインアップされた。

タイミングとニーズが合致 コンフォートモデルの誕生

世界中のあらゆる製造業へ多大な悪影響をもたらした新型コロナウイルスの蔓延。輪界に関しても例外はなく、2022年3月現在でもドライブトレイン関連のコンポーネントをはじめ、完成車の組み上げに必要なパーツの欠品状態が続いている。

各自転車メーカーが部品の調達に苦しむこの状況下、順調なスタートを切ったirukaにも過酷な通達が届いた。「シマノ・アルフィーネ8のリードタイムは12か月」ーーつまり、通常なら数週間で手に入るはずのパーツが発注から丸1年、手に入らないという製造工場サイドからの連絡だった。フレームはもちろん、独自開発の専用部品によって大部分を構成するirukaゆえ、ドライブトレインひとつとってもほかのパーツで代用することは容易ではない。外装変速方式を採用する一般的なスポーツバイクと異なり、仮にほかのすべての部品がそろっていたとしても、アルフィーネ8(内装変速ハブ)がひとつ欠品しているだけで、完成車の形にすることはできなかったのだ。

しかし、irukaブランドの創業者であり開発者でもある小林さんには、以前からあるアイデアがあった。それこそが今回、発売されたirukaCの原型だ。「元々、8速モデルと一緒に仕様違いの5速モデルを発売するアイデアがあったんです」と小林さん。納期が1年先となるアルフィーネ8に対して、シマノが新たに発売する5速仕様の内装ハブは比較的短いリードタイムで入手が可能だった。小林さんのアイデアとは、ややスポーツ方向に振ったスペックを持つ8速モデルの初代iruka(現iruka S)に対して、よりコンフォートな乗り味を実現しながら価格を抑えたフレンドリーなモデルだった。実際にirukaの発売以降「もっとリラックスできる姿勢で乗りたい」という要望があったという。かくして、逆風は一気にニューモデル、iruka Cの登場を後押しする好機へと変わったのだった。

 

アピアランスとしてのデザイン、機能から生まれるデザイン

メインフレーム
irukaの特徴的なシルエットを生み出すトップチューブには、オリジナルの大口径目の字断面パイプを採用。素材には強度と軽さのバランスに優れる6061 アルミニウム合金をチョイスしている。

ハンドルポスト
独自開発のテレスコピック式折りたたみ機構により、多くの折りたたみ自転車の弱点でもあるステム根元周辺の剛性が飛躍的に向上。ハンドルポストは高さ調節可能で幅広い乗車姿勢に対応する。

ディスクブレーキ
ディククタイプのブレーキは現代のスポーツバイクにとって欠かせない装備のひとつ。天候や路面状況に左右されない構造により、確実な制動力をキープしつつ、シティライド時の安全性を大幅に高める。

 

フロントフォーク
新開発のテレスコピック式折りたたみ機構を内蔵した左側1本タイプの片持ちフロントフォーク。折りたたみ時には前輪を後輪と平行かつ同軸上にそろえ、折りたたんだ状態で転がすことを可能とした。

内装変速システム
メンテナンスフリーでトラブルが少ない内装変速機。停止中でも変速操作が可能で、発進停止の多い市街地移動時に大きなメリットを得ることができる。高品質で信頼性の高いシマノ製品を搭載する。

 

ホイール嵌合部
前輪と後輪が平行かつ同軸上に固定されるiruka独自のフォールディング機構。このシステムの採用により、折りたたんだ状態での押し歩きが可能となった。見た目の美しさ&安定感にも大きく貢献する。

iruka Cに与えられたコンフォート装備の数々

ハンドルバー
幅490mmのフラットバーを採用するiruka Sに対して、iruka Cは幅520mmかつ後方にスイープしたライザーバーを選択。両手のハンドルグリップ位置が近くなり、上体が起きリラックスした乗車姿勢を作る。

サドル
スポーツ仕様のiruka Sに採用されたVELO社のスリムタイプサドルに対して、iruka CではCIONLLI社の肉厚なクッションタイプをセット。ハンドルバー変更による乗車姿勢の変化に伴い、座り心地のよさを高めている。

シフター
iruka Sがラピッドファイヤーのシフター(2本レバー)を採用しているのに対して、iruka Cではスポーツバイクに不慣れな乗り手でも直感的に操作できるグリップ仕様とした。使用段数がインジケーターに表示される。

ドライブトレイン
搭載する内装変速ハブの変更(アルフィーネ8→ネクサスインター5による減速比の変更)に伴い、チェーンリングのT 数をダウン。iruka Sのチェーンリング

タイヤ
iruka Sが1.25インチ幅のシュワルベ社のスリックタイヤを採用しているのに対して、iruka CではGMD社のirukaオリジナル1.50インチ幅のタイヤとした。エアボリュームを増加させることで衝撃吸収性を高めている。

iruka C
タイヤ径:18インチ
変速数:1×5Speed
フレーム:アルミ
コンポーネント:SHIMANO NEXUS INTER5
カラー:シルバー、ストームグレー、ブラック、ブルー、レッド

価格:19万7780円(税込)

問:イルカ
https://www.iruka.tokyo/

フォールディングバイクの可能性を追求したフォルム

ニューモデルの投入によりラインアップを拡充したiruka。従来モデルの名称をiruka S(スポーツタイプ)と改めた上で、新たに追加されたコンフォートタイプはiruka Cと名付けられた。前述からも想像がつくように、各部のスペックこそ異なるものの、車体の基本設計に大きな変更はない。ここではiruka Cのディテールに触れる前段階としていま一度、iruka両者に共通する特徴についてチェックしていきたいと思う。

まず最初に挙げられるのは、iruka最大の特徴となるデザイン性の高さだ。日本インダストリアルデザイナー協会〈JIDA〉が選出する『JIDAデザインミュージアムセレクションVol.22』に名を連ねるirukaは、トヨタ、本田技研、シャープといった日本指折りの企業が生み出した製品と肩を並べる、デザイン性が認められたフォールディングバイク。そのirukaのオーナーとなることは、日本人にとって誇らしいことであり、海外のオーナーにとってはジャパンブランドの製品に対するリスペクトの対象でもある。

大多数のスポーツバイクが海外ブランド主導とされる中、ジャパンブランドのirukaが日本のみならず、海外で高い評価を受けている事実は、日本の輪界にとって今後、大きな刺激となっていくことは間違いない。独創的なデザイン然り、細かな仕上げの美しさ然り、ジャパンブランドならではのものづくりの発想によって、海外のメジャーブランドが送り出す製品に引けを取らないことを証明。小林さんが描いた「irukaに乗っていることで一目置かれる、そんなブランドに育てたい」という理想はすでに現実のものとなりつつある。

所有することがステイタスにつながるフォールディングバイク、iruka。iruka Cの登場によって、より多くのユーザーがその喜びを知ることとなる。

INTERVIEW

開発者の小林さんがこだわった流麗かつ唯一無二のデザイン

開発の初期段階、どんな機構を盛り込むかなどのアイデアが一切ない段階で「所有欲を満たすことのできる美しい製品にする」という条件がありました。irukaというブランド名は割と初期の段階で決まっていたので、流線型かつ先端に丸みを持たせた太めのトップチューブでイルカっぽいシルエットを持つデザイン画を自分で描いたりして。そのデザインがスリットが入っていて、アーチ状のハンドルを持つソムリエナイフの形と合致して、アイデアが具体的なものになっていきました。

トップチューブは当初、2本のチューブから成る双胴式を検討していましたが、コスト面、強度の面といった要素もありますけど、それ以上に美しさの面でのデメリットが大きくて。チューブを繋ぎ合わせることで溶接箇所も増えてしまうし、アピアランスを追求していった結果、1本のトップチューブにスリットを設け、中に壁を作るという構造が生まれました。だから、溶接や接着によってフレームを構成する一般的な自転車と異なり、irukaのトップチューブには金属の押し出し型が必要だったんです。初期投資は想像以上に膨れてしまいましたが、デザイン面で妥協しないためには、この方法を選択するしかありませんでした。

フォークの機構は製品化されるまでに幾度も変わっていて、完成するまでかなり苦労したポイントです。機能を優先させるとどうしてもデザイン面で犠牲を払うケースが出てきて、泣かなければならない部分も出てきますが、irukaにはそれがないと自負しています。折りたたみ部位に差し込み機構を用いることにより、一般的な折りたたみ自転車のヒンジ付近に見られるリブが存在しません。折りたたみ自転車の弱点になりがちな折りたたみ部位の剛性感も飛躍的に向上します。シルエットをスポイルする凹凸を持たせずに、優れた機能性を実現できたんです。

ヒンジ自体を溶接する必要がないため、フレームの溶接跡もそこには存在しません。なおかつ、マニア垂涎のメカニカルな折りたたみギミックにもつながっています。ハンドルポストについても同様です。

表面処理に塗装ではない、フルアルマイトを採用している点もこだわりのひとつで、表面に化学的に皮膜を作ることでアルミの素材感が感じられる独特の表情を与えつつ、塗装と比べて表面を保護することができます。金属同士がぶつかれば、アルマイト処理されていたとしても傷はついてしまいますが、塗装のようにパリパリと表面が欠けるような傷にはなりません。木製家具についた傷のように、傷すらもツールを使い込んだ風合いとして刻まれる……塗装車のようにタッチペンで傷を隠すのではなく、オーナーとirukaにとっての、世界にひとつだけの歴史として刻んでいって欲しいと思います。

シンプルなグラフィックもirukaの特徴のひとつです。ポルシェもフェラーリも横っ腹にこれみよがしのブランドロゴは入っていませんよね? アイデンティティをシルエットで表現できていれば、むしろ無粋なロゴは無用。競技性を最優先させたロードバイクであれば、ひとつの形に収斂していくのは必然でしょうし、目立つブランドロゴも必要かもしれません。でも、irukaはフレームデザイン自体がシグネイチャーを担っているので、トップチューブ前部分の小さな〈iruka〉ロゴ、シートチューブに貼られたモデル名のシール以外、グラフィックは一切入れませんでした。

ひとつひとつは小さなこだわりかもしれませんが、それらすべてがirukaを完成させる上で、欠かすことのできないない要素でしたから。

文:トライジェット 写真:村瀬達矢
『折りたたみ自転車&スモールバイクカタログ2022』(2022年3月発売)より抜粋

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